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LGBTと“アウティング”

記事公開日:2018年04月17日

2015年、一橋大学法科大学院に通っていた男性が、同級生にゲイであることを暴露され、自殺する事件が起きました。遺族は、大学などに賠償を求めて裁判を起こし、現在も係争中です。なぜこのような痛ましい事件が起きたのか。「アウティング」をめぐる問題について考えます。

性的指向や性自認を暴露される「アウティング」の怖さ

「兄は本人のタイミングでカミングアウトしたかったにもかかわらず、被告学生の意図的で理不尽な行動で学校での居場所をなくし結果的に精神的に追い詰められました。」(亡くなった男性の妹)

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事件が起こったのは、2015年夏。一橋大学法科大学院に通っていた男性が、同級生に好意を打ち明けました。すると、「おまえがゲイであることを隠しておくのは無理だ」と友人たちに広められました。男性はうつ状態になり、大学にも相談。しかし、その後、校舎の6階から転落。命を落としました。

本人の了解を得ずに、勝手に第三者に本人の性的指向や性自認を暴露する行為を「アウティング」と呼びます。ここ数年で、LGBTについての報道が増え、同性カップルを制度として認める動きが活発化してきましたが、いまだに当事者がいわれのない差別・偏見に晒される場面は少なくありません。そうしたなか、アウティングは本人にとって大きな苦痛をもたらします。

「私は男性同性愛者です。一部の友人にはカミングアウトしています。同じ業界で働く友人も何人かおり『プロジェクトに加えたいからどんな人か説明するためにゲイであることを説明させてもらった』と事前の承諾なく知らない人へアウティングされることが何度かありました。自分の知らないところでセクシュアリティに関して話されることに恐怖がありました。」(しゅうさん・埼玉県・30代)

「弟がトランスジェンダーです。元々は女性で今の会社に入社しましたが、途中で性別を変えて男性となりました。それから数年が経ちようやく普段の生活でも男として通るようになっていたのに、ある日知らないところで後から入ってきた新入社員に『あの人は実は女の人やで』と第三者にバラされていたそうです。弟はものすごく怒っていました。本当につらかったと思う」(さらさん・大阪府・30代)

自身もゲイであることをオープンにし、LGBTの若者をサポートするNPOで活動している大学生の下平武さんは、自身の経験から、次のようにアウティングの怖さを話します。

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「自分の言葉で伝えたわけではないのでどう伝わってるかわからない、もしかしたら面白おかしく伝わってるかもしれないし、もしかしたら気持ち悪いなと思ってる人もいるかもしれない。そんななかで初めて会う人たちにどうやって接していけばいいのか、こちらもすごく困ってしまう。そういう意味で(アウティングは)すごく不安でした。」(下平さん)

いまだ3人に1人が「嫌悪感」 理解と認識に課題

恐怖や不安を感じるほど、当事者の人たちが勝手に知られたくないと思う背景には、理由があります。

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2016年8月に連合が発表したLGBTに関する職場の意識調査では、「上司・部下・同僚がLGBだったら?もしくはTだったら?」という質問に対して、「嫌だ」もしくは「どちらかといえば嫌だ」を合わせるとおよそ3割という結果になったのです。半数以上の人が好意的に受け入れている、理解が進んでる一方で、身近にいると嫌悪感を感じるという人がまだ一定数いるという現状なのです。

自身がトランスジェンダーで、会社員のかたわら全国で“多様な生と性”に関する講演・研修などを行う中島潤さんは、当事者がアウティングを恐れることで、本来カミングアウトしたいと思っている人ができない状況が続くことは辛いのではないかと話します。

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カミングアウトすると、それが性や恋愛のことだけに限った話だと捉えられがちだが、問題はそれだけではありません。

「性や恋愛の話ということもすごく大切です。けれども自分がゲイであるということは進路とか就職とか、老後とかこれからの人生で幅広く関わってくること。なのでそれは自分にとって大切なアイデンティティのひとつだったりするので、自分にとってはすごく大切なものということなんです。」(下平さん)

性や恋愛の問題のみならず、人の尊厳やアイデンティティに関わる問題であること。そのことを多くの人が十分理解、認識することがまずは大切なのです。

信頼する人からの「アウティング」も…まずは本人に確認を

今回寄せられた声のなかで意外と多かったのが、身近な人に良かれと思ってされたアウティングです。

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「トランスジェンダーです。今はカミングアウトしたうえで男性として生活しています。以前は身近な人にちゃんと説明していませんでした。そのため初対面の人が僕を男と思ってくれているときに居合わせた知り合いが、『女の子だよ』とその人に言ってしまうことが多く、せっかく望み通り男に見られていたのにと、悔しい思いを何度もしました。『相手が性別を勘違いしてる、教えてあげないと失礼だよね』などのつもりで良かれと思って言っているだけなのでこちらとしても咎めることはできませんでした。」(もりやさん・20代)

「3年ほど前、私は家族・友人にできるだけカミングアウトしたのですが、親戚や職場の人には言えておらず、まるっきりオープンにはできていない状況でした。そんななか、私がLGBTの活動に誘ったことをきっかけに、姉がこの問題に熱くなりすぎてしまいFacebookで私の妹はレズビアンですという投稿を許可なく公開してしまいました。私はレズビアンではなくバイセクシュアルです。頭を抱えてしまいました。」(sunnyさん・東京都)

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カキコミを寄せてくださったsunnyさんにお話を伺いました。
「衝撃と混乱っていう感じでしたね。姉の中ではポジティブに、良かれと思って、自分の妹がレズビアンであるってことを公表することによって、身近にもいるんだよってことを知ってもらえるし、周りの人ももう少し耳を傾けてくれるんじゃないかなって思ったみたいだったんですよね。でも、まずはやっぱり相談してほしかったですね。それまで寄り添って、頼りに出来る人だと思ってたんですけど、ちょっと裏切られたじゃないですけど、信頼できない人になってしまった感じはありましたね。」

身近な人からの悪意のないアウティング。同じような経験があるという中島さんも、「自分のタイミングで、自分の言葉で伝えたいと思っているので、勝手に言われてしまうと悪意がなかったとしてもちょっとモヤモヤする気持ちはあります。」と当事者の気持ちを語ります。

悪意のないアウティングをしないために、周りはどうすればいいのでしょうか。

「誰に言いたいのか、どの範囲までオープンにしたいのかというのは、やはりその人それぞれに、またタイミングによっても変わってくるので、まずは(本人に)相談してほしい。」(中島さん)

一方で、カミングアウトされた側にもフォローが必要ではないか?という声も届きました。女性から男性に性別を移行したトランスジェンダーの方からです。

「カミングアウトされた側の気持ちはどうなんだろうと考えてしまいます。僕自身も、当時は受け入れてもらえるのか、自分自身のことで精一杯でした。ですが、家族や友人、周りの人々はある日突然言われたときの気持ち、動揺はどうだったのか? 確かにアウティングは問題があると思います。ですが、現状は性的マイノリティを知るきっかけや情報が少ないのではと思います。」(希望さん、20代)

カミングアウトされた側が、受け止め方がわからず悩んだり、知識がなく戸惑ったりするケースは多く、家族や友人の側にもサポートが必要だと下平さんは言います。

「カミングアウトされた側も、言われてからやはり疑問や葛藤とかがある場合があると思う。その場合に、匿名で相談できる相談機関などもあるんですけれど、そういったところに相談して自分の疑問や不安な気持ちを話すということは、これはアウティングではないと思います。」(下平さん)

“アウティングの存在しない社会”を目指して

反対に、「アウティングを利用する」というカキコミも寄せられました。

「疑問に思ったことがあります。アウティングは絶対悪なのかということです。その人を紹介するつもりで、『僕の友達のA君。ゲイなんだ』みたいに何気なく話す。それが許される社会は、同性愛に寛容な社会。『Aがゲイだった。それが何?』こんな反応をされるくらい、私は私がセクシュアルマイノリティである事実が広まると、逆にうれしいです。こんなにも身近にいるという宣伝になる、アウティングを利用しない手はありません。」(ぽんぽんさん、10代、滋賀県)

ニュースサイト編集長で評論家の荻上チキさんは、すべての人が気軽に性的指向について話すことができる“アウティングが存在しない世界”、セクシュアルマイノリティに寛容な社会が理想形としたうえで、現状では本人の同意を得ないアウティングの問題は多いと指摘します。

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「社会には偏見がまだまだあふれてしまっている。そうした社会の中で本人の同意なくさまざまな言葉が広がってしまうのは、本人を追い詰めてることになってしまう。同性愛者であるとかトランスであるとかを話すことが、一切差別に繋がらないぐらい寛容な社会を目指しつつ、(過渡期の現在は)同時に当事者の意思をしっかりと尊重していく。尊重しながらゆっくりカミングアウトできるような関係性を広げていくことによって、結果として社会がより豊かになっていくことを目指していかなくてはいけないと思います。」(荻上さん)

誰かに話す前に、まずは本人に確認し、その人の意思を尊重する。この問題に限らず、日々人と接するうえで大切なことが、アウティングを防ぐためにも重要なことだと言えるのだと思います。

出演者から

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「カミングアウトする人も、カミングアウトされた人も、1人で悩まなくていい社会に」

中島潤さん
トランスジェンダー
会社員のかたわら、全国で“多様な生と性”に関する講演・研修などを行う
https://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/1800/254600.html

「アウティングが起こってしまう背景のひとつに、正しい情報が十分に届けられていないことがあると思います。『アウティングはいけないこと』という認識が広がることも大切だと思いますが、『なぜ、アウティングが起きてしまうのか』ということにも目を向けていきたいです。『カミングアウトする人も、カミングアウトされた人も、1人で悩まなくていい社会』にしていくために、今回のような番組を通して、正しい情報がより多くの人に届いてほしいと思います。」

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「さまざまなセクシュアリティを当たり前に認知していくことが必要」

荻上チキさん
評論家。ニュースサイト「シノドス」編集長
https://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/1800/254595.html

「LGBTに限らず、障害やルーツ、信仰など、さまざまな対象において、『本人の望まない情報を他者が広げて、誰かを傷つけることの重み』をもっと理解していくことが大事です。そうした広い範囲で、本人の望まない情報をどういう風に扱うべきかを、(今回の事件を)しっかりと議論するひとつのきっかけにしてほしいですね。まずはLGBTであることが何かスキャンダラスなことであるとか、ゴシップの対象にならない社会、さまざまなセクシュアリティが存在していることを当たり前に認知していくことが必要だと思います。」

※この記事はハートネットTV 2016年10月6日(木)放送「WEB連動企画“チエノバ” LGBTとアウティング」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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